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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)15号 判決

原告 角坂仁三次

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和二九年一二月一五日執行の新潟県両津市長選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、左のように陳述した。

一、新潟県両津市は昭和二九年一一月一日元同県佐渡郡両津町並びに同郡河崎村、吉井村(但し一部)、加茂村、水津村、岩首村、及び内海府村の一町六ケ村の合併により市となつたもので、同年一二月一五日両津市長選挙施行され、即日開票を終つたものである。

二、右選挙において、元両津町河崎村、吉井村、加茂村の区域は十五投票区をもつて第一開票区となし、元水津村及び岩首村投票区の区域を第二開票区、元内海府村投票区の区域を第三開票区となしたものであるが、右第一開票区所属の十五投票区の投票所の設置場所及び投票管理者は次のとおりであつた。すなわち、

投票区

設置場所

管理者氏名

第一投票区

両津小学校

伊藤富太郎

第二投票区

湊保育所

末武栄吉

第三投票区

夷保育所

青野泰助

第四投票区

河内保育所

梅本之雄

第五投票区

加茂小学校

高橋精

第六投票区

駒坂保育所

高橋義鑑

第七投票区

白瀬小学校

山本嘉郎

第八投票区

馬首小学校

斉須兵一

第九投票区

浦川小学校

佐藤真守

第一〇投票区

河崎保育所

坂井乙吉

第一一投票区

河崎保育所

斉藤宗一

第一二投票区

住吉保育所

石川正雄

第一三投票区

河崎第二小学校

後藤忠太郎

第一四投票区

大川分校

仲村寿吉

第一五投票区

吉井農協横山支庫

石井佐吉

而して、本件選挙に立候補した者は、氏田良隆及び原告の二名であつて、開票の結果によれば、両名の得票数は

氏田良隆

角坂仁三次

第一開票区

七、五四五

五、四〇一

一二、九四六

第二開票区

七二五

九三五

一、六六〇

第三開票区

四六一

一九二

六五三

合計

八、七三一

六、五二八

一五、二五九

であつて、氏田良隆が当選人と決定されたが、右選挙は次の理由によつて無効である。

三、(一) 投票箱管理の違法

(1)  第一開票区第六投票所の投票管理者は、投票終了後投票箱を渡辺市平宅に運び次いで同所から投票所事務従事者遠藤威佐夫をして両津市役所分室(旧加茂村役場)に運搬せしめ、且投票録及び選挙人名簿を同分室に事務従事者をして運搬せしめ、自らは投票立会人を伴わないで第一開票所たる両津市夷三四七番地夷保育所に直行した。

また第五投票所の投票管理者は、投票箱、投票録、選挙人名簿を自ら投票所より直接に開票所に送致することをせず、投票立会人柴田金治に投票箱の鍵の保管を託して帰宅し、柴田金治は投票箱、投票録、選挙人名簿を前同様市役所分室に運んだ。

而して右二投票所の投票箱は一時間以上も同分室に放置され、右分室より投票管理者及び投票立会人の附添なく、人夫二名により繩で背負い、開票予定時刻の同日午後八時を過ぐること約一五分にして漸やく開票所に送致された。

(2)  第一開票区の第九、第八第七各投票区の投票箱は各投票管理人の附添なしに送致され、僅かに第九投票所の投票立会人山下吉蔵のみ附添い、且投票録、選挙人名簿は開票所に送致されず市役所分室に送致された。

右(1)(2)の事実は、公職選挙法第五五条、公職選挙法施行令第四三条及び第四四条に違反したものである。

(3)  前記第六、第五各投票区の投票箱には封印もなく、且鍵も無封裸のまま、投票管理者でもなく、また投票立会人でもない市書記渡辺誠より、開票所において市職員斉藤養吉に手交された。

右は公職選挙法施行令第四三条の規定に違反したものであり、この事実と前記各事実と照合すれば、送致の途中において、二投票区の投票箱が開函され、投票の増減、偽造投票の捜入されたことを推認するに十分である。

(二) 開票手続の違法

(1)  開票は当該開票所に送致せらるべきすべての投票箱及び投票録、並びに選挙人名簿の送致をまつて開始しなければならないことは、公職選挙法第五五条第六五条並びに第六六条の各規定に照らし明らかである。しかるに第一開票区の開票は、本件選挙の当日午後八時半頃開始されたが、開票終了まで遂に投票録の送致なきままに開票を終つてしまつたのである。投票録は十五投票区全部のものを両津市選挙管理委員会委員長が開票所以外の場所に保管していたのである。

開票立会人金子幸は、本件選挙に疑念を抱き、開票に先だち開票管理者に対し、投票総数を確認するため、投票数の点検は各投票区毎にせられたいと要望したところ、開票所に居合した市職員の浜幸次郎は公職選挙法第六六条を示し、混同開票だからその要なしとこれを拒絶した。既に裸の鍵が開票立会人並びに参観人に目撃され以上、金子立会人の疑念に答えて、公職選挙法第六六条の注意はともかく、同立会人の申出に応ずべきは当然であつたのである。果然投票総数の点検終るや、開票管理者は投票総数一万三千五十六票と宣し、開票参観人等に確認しておきながら、開票終了後開票録を作つたとき得票総数一万三千十六票と宣し、この間四十票の減少を来している。而して右得票数の朗読は開票管理者がこれをなすべきにかかわらず、しなかつたのは公職選挙法施行令第七三条に違反するものである。

点検終了したとき一万三千五十六票あつたものが、開票録を作成するとき如何して四十票減少したのであるか、然らば四十票の行方は如何になつたであろうか。何人もこの問題に想到すれば、開票手続の違法は勿論、この間に増減等の行われた証跡歴然たるものありというべきである。

(2)  前記(1)記載の如く第一開票区の開票に際し、十五投票区の投票録は全部両津市選挙管理委員会委員長の手許に存し、開票管理者に送致されず、開票管理者は投票録のないままに開票を進行せしめたのである。投票録の送致はこれと照合して投票総数を点検すべき法意であること勿論である。本件第一開票区の開票にあたり、投票録との照合がなく開票を進めたから、投票総数を点検して朗読したとき一万三千五十六票あつたが、開票録作成のとき投票録を集計したメモと照合して故意に投票総数の集計に一致させて一万三千十六票と開票録に載せたものである。以上の事実は、選挙の管理執行の公正を害したものであつて、選挙の結果に影響を及ぼす虞ある場合に該当することは最早疑を挾む余地ないものといわなければならない。

(三) 投票の違法

(1)  同一有権者に投票所入場券を二枚交付した。すなわち、現に安藤フミ(元金子フミ)は二枚の入場券の交付を受けているばかりでなく、両津加茂地区には本件選挙において投票入場券を同一選挙人に二枚交付した例が相当あるものと推認せられる。

(2)  確定選挙人名簿に登載なき選挙権なきものに投票させた。選挙人名簿に登載なき者に投票させてならないことは当然であるが、本件選挙においても、右登載なき者が投票せんとして一名は両津市会議員石塚四郎に阻止されて投票しなかつたが、他の一名は投票をなした事例がある。

(四) 投票管理者または投票立会人選任についての違法

本件選挙にあたり、両津市選挙管理委員会は投票管理者または投票立会人の選任につき、両津市吉井支所長及び河崎支所長を通じ、候補者を銓衡せしめ、それぞれ本人の内諾を得た者を、一方的色彩の臭ありとしてこれを選挙直前に殆んど氏田良隆候補支持の者に代替任命した。右の事実は前記第一開票区の第五ないし第九投票区の投票管理者及び投票立会人の行動と照合考かくするとき、第一開票区に関し、全体として選挙の管理執行に公正を疑わしめるに十分である。

四、以上の事実によれば、投票の増減、偽造投票の捜入等が行われたことが明かであつて、本件市長選挙のうち、第一開票区に関する限り、選挙は無効であること明らかである。

しからば、本件選挙において、第一開票区の投票数は、両津市の八割以上を占めるものであるから、第一開票区の選挙の無効は、ひいて選挙の結果に異動を及ぼす虞があるから、本件両津市長選挙は全部無効である。

五、なお本件選挙は、単に第一開票区に限らず、第二、第三開票区においても、両津市選挙管理委員会は最初市役所支所長に依頼してその内申せる適格な投票管理者または投票立会人を何等正当の理由なく、一方的に、氏田候補支持のものに変更し、以て選挙の管理執行の全般にわたり選挙民をして公正を疑わしめたことはひいて選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に該当するから、本件選挙は、第一開票区の区域の選挙のみならず、全体として無効である。

六、選挙人猪股藤作は、以上の理由により、昭和三〇年二月三日「昭和二九年一二月一五日施行の新潟県両津市長選挙中第一開票区の選挙は無効である」旨の裁決を被告委員会に求めたところ、同委員会は昭和三〇年七月一二日「訴願人の請求は棄却する」旨裁決し、同裁決書の要旨は同年七月一五日告示された。そこで本件選挙の公職の候補者である原告は、これに不服があるので、請求の趣旨どおりの判決を求めるため本訴に及んだ次第である。

以上のとおり、原告訴訟代理人は請求の原因を述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。(但し合併の期日は昭和二九年一一月三日で原告主張の一一月一日は誤りである。)

二、請求原因第二項記載のうち、本件選挙が無効であるとの点を除き、その余はすべてこれを認める。

三、(一) 請求原因第三項の(一)の(1)記載の事実のうち、第一開票区第六投票所の投票箱が渡辺市平宅の前から投票所事務従事者遠藤威佐夫によつて両津市役所加茂分室に運ばれ、投票管理者が投票立会人を伴わずに開票所に直行したこと、及び第五投票所の投票箱が投票管理者においてこれを直接開票所に送致せず、右同様市役所分室に運ばれたことは認めるが、その余の事実は争う。

投票箱が市役所分室に運ばれるに至つた経過は、次のとおりである。本件選挙において旧加茂村の区域である第五投票区から第九投票区までの投票所の投票箱は、一のトラツクにより北部の第九投票所から南下しながら順次積載し、開票所へ送致する計画になつていたが、(イ) 第六投票区ではトラツクを待つていると遅くなると思い、また投票所の後片付の関係からバスによつて送致すべく、投票管理者高橋義鑑と事務従事者市橋愛蔵、渡辺市平、遠藤威佐夫が駒坂バス停留所となつている渡辺市平宅前に来たが、バスが遅れているようであり、たまたま同宅に市橋愛蔵の自転車が置いてあつたので、遠藤威佐夫が自転車に投票箱を乗せて開票所へ向つたが、同人が途中市役所加茂分室(旧加茂村の区域の投票所事務の整理を同所で事務従事者が集つて行つた)に立寄つたところ、第五投票区の投票箱が前記トラツクを待つていたので、一緒にトラツクで運ぶこととして分室内に運び入れたものである。ところがトラツクの運転手等は第六投票区ではトラツクを待たずに出発していたので、第五投票区も同様と考えたものの如く、分室から投票箱を積載せずに行き去つた。そのため第五、第六投票区の投票箱は事務従事者らによつて開票所まで運ばれたものである、また(ロ)第五投票区では投票所に使用した加茂小学校児童集会室は分室から僅か数メートルの空地を距てて隣接しており、投票所には常時燈の設備がなく、且道路から若干奥まつているのに反し、分室には電燈がついていて、火気もあり同所で第五ないし第九投票区の投票事務の整理が行われることになつており、また道路に面していて、トラツクが来た時に分り易いこと等から投票箱を分室に運んでトラツクを待つことにしたものである。しかし、トラツクに積載されずに開票所に送致された事情は前記のとおりである。

右のように投票箱を分室に運んだのは、そこで送致トラツクを待つためであつて、なんら不正の意図はなく、投票箱の開票所への送致以外の持出しを禁じた公職選挙法施行令第四四条の規定に反したものではない。たゞ投票管理者が投票箱を送致しなかつたことは、公職選挙法第五五条に違反したものではあるが、これとてもなんら不正の意図に出でたものでなく、事実なんら異状なく開票所に送致されたものであるから、選挙の結果に異動を及ぼすような虞は全くあり得ない。

請求原因第三項の(一)の(2)記載の事実については、第九、第八、第七各投票区の投票箱が投票管理者の附添なしに送致されたことは認める。

しかし、右投票箱が異状なく開票所に送致されており単に投票管理者が送致の任に当らなかつた違法があることのみによつては、なんら選挙の公正を実質的に害するものではなく、選挙の結果には全く影響がない。

また投票録、選挙人名簿が市役所分室に運ばれたのは、投票に関する調(投票者数等記載の事務)が集計の必要上持参されたのであつて、それは開票前に開票所に持参されておりなんら選挙の効力に影響をもたらすものではない。

次に請求原因第三項の(一)の(3)について、(イ) 投票箱に封印があつたかどうかは不知であるが、封印を行うことは何ら法令に規定はなく、施錠等が完全であれば殆んど無意味なものである。(ロ) 鍵が無封裸のままであつたことは争う。しかも鍵の封印については、法令に何の規定もないものであり、仮に裸鍵であつたとしても、そのことは選挙の規定違反とならない。(ハ) 鍵の保管送致については、第五投票区では、当初投票立会人柴田金治が保管していたが、同人が投票箱と一緒に出発しなかつたので、開票所より督促を受け、渡辺誠が投票箱に遅れて、分室から開票管理者に送致しておりまた第六投票区では投票管理者が開票管理者に送致していて、当該投票箱の鍵がそれぞれ一にまとめて保管送致されており、このことは公職選挙法施行令第四三条の規定に違反するものであることは認める。しかしながら、鍵は封印されて開票管理者に異状なく渡され投票箱とは別途に開票所に送られていることからも、投票箱の不法開函を示すものはなく、投票箱自体なんら異状はなかつたのであるから、選挙の結果に異動を及ぼすものではない。

(二) 請求原因第三項の(二)については、投票総数に四〇票の減少があつたとの主張については争う。もつとも、開票前に発表した投票総数と開票点検終了後朗読された得票数との間に四〇票の誤差があつたことは認めるが右は投票者数を間違つて投票総数と発表し、しかも計算誤があつたので訂正したものであり、開票中において投票増減が行われたことは全くない。

また投票録の送致なきまま開票を終つたとのことは否認する。而して、聞票管理者が得票数を朗読したかどうかは不知であるが、仮に開票管理者によつて朗読されなかつたとしても、選挙の結果に異動を及ぼすものではない。

(三) 請求原因第三項の(三)について、(1) 同一有権者に投票所入場券を二枚交付した事実があるかどうかは不知であるが、仮にそのような事実があつても選挙の効力に何等影響はない。(2) また選挙人名簿に登載されていない者に投票させた事実があるかどうかについても不知であるが、仮にこのような事実があつたとしてもそれが潜在無効投票となつて、当選無効の問題となるに過ぎず、しかも僅か一名であり、選挙無効の原因とはならない。

(四) 請求原因第三項の(四)記載の投票管理者、投票立会人の選任につき本人の内諾を得た者を変更したということは、市選挙管理委員会において選任決定する以前のことであり、正式に選任後変更したものではないのであつて、しかも選任は正規に行われているものであり、不当性はない。また氏田候補側の者に代替任命したとの事実は否認する。

四、以上に述べたように、投票箱送致中に投票の増減、偽造投票の捜入等が行われる事情は全くないのであつて、原告は若干の形式的違反事実をとらえて、本件選挙の無効を主張するに過ぎない。

五、請求原因第五項記載の事実は否認する。

六、請求原因第六項の本件選挙の効力について、原告主張の訴願の提起があり、これに対する裁決並びにその告示のあつた事実は認める。

被告訴訟代理人の答弁は、以上のとおりである。(立証省略)

理由

昭和二九年一二月一五日新潟県両津市で同市長選挙が施行され、即日開票を終つたこと、右選挙における投票区、投票所の設置場所及びその投票管理者並びに開票区、第一開票所の設置場所がいずれも原告主張のとおりであつたこと右選挙に立候補した者は原告と訴外氏田良隆の二名で、開票の結果両名の得票が原告主張のとおりであつて、氏田良隆が当選人と決定されたこと、選挙人猪股藤作が昭和三〇年二月三日本件選挙中第一開票区の選挙は無効であるとの裁決を被告委員会に求めたが、同年七月一二日訴願は棄却され、その裁決書の要旨が同年七月一五日告示されたことは、いずれも当事者間に争がない。

原告は、右選挙は無効であると主張するので、その請求原因事実について以下順次考えてみる。

請求原因三の(一)の(1)について。

第一開票区第六投票所の投票箱が投票所の事務従事者遠藤威佐夫によつて、渡辺市平宅の前から両津市役所加茂分室に運ばれ、投票管理者が投票立会人を伴わないで開票所に直行したこと、及び第五投票所の投票箱が投票管理者においてこれを直接開票所に送致せず、右同様市役所分室に運ばれたことは、被告もこれを認めるところであるが、第六投票所の投票箱が渡辺市平宅に運ばれたことは、これを認めるに足る証拠はない。而して、第五、第六投票所の投票箱が右のように市役所分室に運ばれるに至つたのは、証人高橋義鑑、市橋愛蔵、遠藤威佐夫祝森蔵、柴田金治の各証言並びに検証の結果によれば、それぞれ被告主張の如き事情によるものであることが認められ、且右各証人の証言及び検証の結果を総合すれば被告委員会書記竹下申太郎が本件選挙当日右分室の事務室において、第四ないし第九投票所の投票の集計その他の事務を執つており、同日午後六時半過頃第五投票所の投票箱が、午後六時四十五分か五十分頃第六投票所の投票箱が右分室に着き、この二つの投票箱は右事務室内民生課長の机の上に午後八時頃まで置かれていたが、当時右事務室には竹下申太郎の外分室の職員小使、給仕並びに第五投票所の投票立会人柴田金治、事務従事者四名位、第六投票所の事務従事者三名も居合わしており、何人も投票箱を開函したものはなく、開票所より投票箱を持つて来るようにとの催促によつて、第六投票所の事務従事者市橋愛蔵が同投票所の投票箱を、藤田栄一が第五投票所の投票箱を、それぞれ背負い、第五投票所の投票管理者代理祝森蔵外四、五名の者が附添つて、共に徒歩で開票所に運んだのであつて、その間において右投票箱の開函等不正行為の介在し得る余地のなかつたことが認められ、以上認定をくつがえすに足るなんらの証拠もない。

右認定の事実によれば、投票箱を市役所分室に運んだのは、開票所に送致するトラツクを待つためであるから投票箱を開票所へ送致する場合以外、投票所の外に持ち出してはならないと規定した公職選挙法施行令第四四条に違反したものということはできない、たゞ投票管理者が自ら投票箱を開票所に送致しなかつたことは、明らかに公職選挙法第五五条の規定に違反したものである。しかしながら、同条の規定の趣旨は、投票箱が投票所より開票所に送致される途中において、もし投票管理者及び投票立会人の管理を離れることがあつた場合に、投票箱が不正に開函せられ、投票の増減等がなされる虞のあることを防止するためであつて、もし右の如き異常がなかつた場合においても、なお投票管理者が投票箱を送致しなかつたとの一事をもつて、直ちに選挙を無効とする法意ではないと解するを相当とするところ、右第五、六投票所の投票箱がなんら異状のなかつたことは前認定のとおりであるから、前記違法の事実があつたからとて、これを以て選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものと認めることができない。次に証人高橋義鑑、市橋愛蔵、遠藤威佐夫、柴田金治、祝森蔵及び竹下申太郎の各証言によれば、第六及び第五投票所の投票録及び選挙人名簿が、原告主張のように前記分室に運ばれたこと、及び同分室から投票管理者によらないで竹下申太郎によつて開票所に送致されたことが認められ、右は公職選挙法第五五条の規定に違反するものではあるけれども、これらの違法があつたからとて、この一事をもつて選挙の結果に異動を及ぼす虞のあつたものとなすことはできない。

請求原因三の(一)の(2)について。

第九、第八、第七各投票区の投票箱が投票管理者の附添なしに開票所に送致されたことは、当事者間に争のないところであるが、証人稲村治一の証言によれば、右各投票箱は開票予定時刻には開票所に到着していることが認められ、右送致の途中開函等異常のことが行われたと疑うに足る事実のあつたことを認めるべきなんらの証拠もないから、右違法の一事をもつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものということはできない。

また右各投票所の投票録、選挙人名簿が市役所分室に運ばれたことは、被告の明らかに争わないところであるが、右は、同分室において行われていた投票の集計の必要上なされたものであつて、集計の終了後直ちに分室の事務従事者竹下申太郎が、投票録、選挙人名簿を一まとめにして、開票前開票所に持参したことは、証人竹下申太郎の証言によつて明らかであるから、なんら選挙の結果に異動を及ぼす虞がなかつたものと認めざるを得ない。

請求原因三の(一)の(3)について。

原告は第六、第五各投票所の投票箱には封印もなかつたし、またその鍵も無封裸のまま送致されたと主張するけれども、投票箱に封印をなすべき旨を規定した法令は一も存しないし、右投票所の鍵が裸のまま開票所において手渡されたことを目撃した旨の証人金子幸、渋谷酉三、斎藤兼松の各証言並びに右渋谷斎藤証人の各証言によつてそれぞれその成立を認め得る甲第一、二号証の各一の記載内容は、後記証拠にてらしたやすく措信し難いし、他に鍵が無封裸であつたことを認めるに足る証拠はない。

却つて、証人高橋義鑑、市橋愛蔵、遠藤威佐夫、柴田金治、祝森蔵、沖口勇吉、伊藤三省の各証言を総合すれば、第六、第五各投票所においては、いずれも投票終了後直ちに投票箱に鍵をかけ、その鍵は封筒に入れて、これに投票管理者または投票立会人において封印をなし、しかもこれらの鍵は右封印のまま開票所で開票管理者沖口勇吉に交付されたことが認められる。

もつとも、右鍵の保管送致につき、第五投票区では当初投票立会人柴田金治が保管していたが、同人が投票箱と一緒に出発しなかつたので、開票所より督促を受け、渡辺誠が投票箱に遅れて分室から開票管理者に送致しており、また第六投票区では、当該投票箱の鍵がそれぞれ一にまとめて保管送致されていることは、被告のこれを認めているところであつて、右の事実は公職選挙法施行令第四三条の規定に違反するものではあるけれども、すでに鍵は前記認定の如く封印されて開票管理者に送致されている以上、特別の事情のない限り、投票箱の不法開函等を疑うべき何物もなく、従つて、右鍵の保管送致の違法は、これを以て、選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものということはできない。

請求原因三の(二)について。

成立に争のない乙第一号証の一ないし一五、第二号証の一、証人伊藤三省、沖口勇吉、平岩久利、大木戸半治の各証言を総合すれば、本件第一開票所の開票は、第六第五各投票所の投票箱が遅れたため、予定時刻よりやや遅れて午後八時半頃開票されたが、その開票前、両津市吏員で当時第一開票所の開票事務を担当していた平岩久利が投票数の計算をなし、その総数を一万三千五十六票と発表したが、間もなく(十分か十五分経つて)、右は投票者数を投票総数と間違つて発表したものであり、且その計算の誤に気付き、投票総数を一万三千十六票と訂正発表し、それから投票箱の開函にうつつたのであり、開票点検終了後その得票総数が一万三千十六票であると朗読されたことを認めることができる。右のように開票前発表された投票総数と開票点検終了後朗読された得票総数との間における四〇票の誤差は、単なる計算違であつたのであるから、これを以て、投票箱が送致の途中またはその他の機会に不法に開函せられ、投票の増減等がなされたとの証左となすことはできない。

原告の提出、援用にかかる各証拠によるも、前記認定をくつがえし、右得票数は開票録作成のとき故意に投票総数に一致させて載せたものであるとの原告の主張事実を認めるに足る証拠はない。

原告は、右開票は投票録の送致なきまま終了した違法があると主張するけれども、証人伊藤三省、竹下申太郎、祝森蔵、大木戸半治、平岩久利の各証言、検証の結果及び本件選挙当時の開票所の見取図であることに争のない乙第三号証を総合すれば、本件第一開票所は夷保育所の階下を以て充てられており、同保育所の二階は選挙管理委員会の臨時事務室となつていたところ、各投票所の投票録及び選挙人名簿は全部開票の際既に開票所に送致せられており、たゞそれが開票点検の進行中右選挙管理委員会の臨時事務室に置いてあつて、開票現場たる保育所の階下に持参されなかつたに過ぎないことが認められ、証人金子幸、石塚四郎の各証言によつては右認定を左右するに足りない。而して、投票録及び選挙人名簿が右の如く開票現場になかつたとしても、この一事をもつて選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとなすことはできない。

次に前記得票数の朗読が何人によつてなされたか、これを確かめる証拠はないが、たゞ証人沖口勇吉の証言によれば、開票管理者であつた同証人が朗読しなかつたことは明らかであり、このことは公職選挙法施行令第七三条の規定に違反するものではあるけれども、そのこと自体はなんら選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものではない。

その他開票手続において、選挙の管理執行の公正を害する事実のあつたことは認めるに足る証拠はない。証人金子幸、渋谷酉三、斎藤兼松の各証言によれば、開票立会人の金子幸と山川五郎が開票録に署名することを拒否したことが認められるけれども、その署名しなかつたのは、右両名は、前記の如く投票総数と得票数との発表がくいちがつたことがあつたり、また開票を参観に来ていた者から、この選挙には不正があるから署名するなと書いたメモを渡されたり等したため、自らも選挙の管理執行に疑念を抱くに至つたことに因るものであることは、証人金子幸の証言によつて明らかである。しかしながら、本件選挙の管理執行の公正を害する事実のあつたことを認めるに足る証拠のないことは、さきに述べたとおりである。

請求原因三の(三)について。

(1)  成立に争のない甲第三号証と証人金子幸の証言によれば、同証人の娘ふみに対する本件選挙投票所入場券が、その嫁入先の安藤方と実家たる金子幸方とに二枚交付されたことが窺われる。しかし、右二枚の入場券によつて二重投票が行われたこと並びに入場券が他にも二重に交付されたことを認めるべきなんらの証拠もないから、右安藤ふみに対する入場券の二枚交付の事実だけでは、本件選挙の効力になんら影響がないものといわなければならない。

(2)  証人石塚四郎は、第八投票所においては、選挙人名簿に登載のない畠山ふじ子及び菊池正吉の二名が入場券を持つて投票に行き、畠山ふじ子のみは投票立会人と親戚であるとの故をもつて、投票を許されて、投票し、菊池正吉は名簿に登載されていないとの理由で投票を許されなかつた旨証言しているが、右証言はにわかに措信できないばかりでなく、仮に右証言のような事実があつたとしても、右事実だけでは、本件選挙の結果に影響を及ぼしたものとはいい得ない。

請求原因三の(四)及び請求原因五について。

証人粕谷広吉の証言によれば、同証人が、昭和二九年十一月末頃本件選挙における投票管理者になつて貰いたい旨、両津市吉井支所長を通じ被告委員会から依頼があつたので、これを承諾して置いたところ、同年一二月五日に至り同支所長を通じ投票管理者を変更した旨の通知を受け、その後同証人の代りに伊藤伊右衛門が投票管理者に選任されたことが認められ、また証人池善一の証言によれば、本件選挙当時両津市河崎支所長代理であつた同証人が、被告委員会の依頼によつて、河崎地区の投票管理者、その代理人及び投票立会人を銓衡し、その承諾を得て、これを被告委員会に内申して置いたところ、内申者計二五名のうち投票立会人八名が変更されたことが認められる。しかしながら、右証人粕谷広吉、池善一並びに証人大木戸半治の各証言を総合すれば、投票管理者の内諾を得ていた粕谷広吉を変更したのは、同人が角坂(原告)候補の推せん者としてポスター若しくは葉書に名を連ねていたため、被告委員会において、かかる一方的色彩の強い者を選任するのは適当でないと思料したためであつて、決して不公平な取扱をしたものではなく、されば粕谷広吉の代りとして選任された伊藤伊右衛門も亦角坂候補の運動員であつたこと、及び河崎地区における投票立会人の変更は、被告委員会の委員以外の者から兎角の評判があつたことや、本人よりの申出によつたものであることが認められ、原告の相手候補たる氏田良隆支持の者に特に変更したことを認めるに足る証拠はない。その他第一ないし第三開票区において、違法に投票管理者または投票立会人を選任したことを認むべき証拠はない。

以上説示のとおりであるから、原告の主張する請求原因事実は、いずれもその理由がなく、本件選挙の無効宣言を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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